三鷹−調布

 

2004.05.24

今年、東京に新選組関係のフェスタや史跡を訪れた。 紺野さんのHPの常連さんたちも私同様、紺野さんの案内で訪れたみたいだ。 でも、新選組関係のフェスタや史跡があるのは東京だけじゃなく、京都にもある。 (京都かぁ・・・京都までは行けないよなぁ・・・)そんな風に思っていたんだけど・・・突然気がついた。 京都って近いんじゃなかったっけ?

「駅すぱあと」やネットで調べたら、京都は新幹線で1時間程度、在来線では2時間程度で行ける場所だった。 しかも料金は新幹線なら6,150円だけど、在来線なら2,210円。 在来線で行けば往復でも5,000円かからないってことだ。 はっきり言って愛知県の某所に行くよりも時間も料金もかからない。 京都の某所では「大新選組展」なんてものをやってる・・・。

これらの事実は私に京都に行けと言ってるようなもんだ。←ホントか?
でも、京都に行くには重大な問題が1つある。 案内人がいないってこと。 私1人で京都に行って来れるのか? いつもなら
「無理!」と諦めるところだけど・・・今回の私はいつもの私じゃなかった。 「えい! 行っちゃえ!」 ってことで京都に行くことにした。

今回の東京滞在予定は4日間。
2日目から予定のなくなった私は、叔父さんの家でなにをするでもなく時を過ごしていた。

そうして4日目。 東京滞在最終日の朝、携帯に紺野さんから電話が入った。
紺野さんに「何時頃帰るの?」と訊かれて、「夕方くらい」と答える私だったけど。
「じゃ、近藤先生の墓に行こうか」という紺野さんの意外な言葉にびっくり!

「体調も少し良くなったし、それくらいなら近くだから大丈夫だよ」と紺野さんが言ってくれたんで、何処にも行けないと諦めていた私は喜んで連れて行ってもらうことにした。
叔父さんの家から紺野さんの家までは1時間もかからない。
さっそく仕度をして紺野さんの家に行き、そこから『龍源寺』に向かって出発。

『龍源寺』は『曹洞宗大沢山龍源寺』といって、三鷹市大沢にあるお寺。 新選組局長近藤勇の生家宮川家の菩提寺だ。 もちろん、新撰組局長近藤勇のお墓のあるところ。

紺野さんの家から暫く歩いているとバス停のあるところまで来た。
紺野さんに「ここからバスに乗って行けるけど。 どうする?」と訊かれ、腕時計とバスの時刻表を見比べたらバスが来るまでにはまだ時間があったんで、「歩く」と答えて歩き出したんだけど。 あ、でも紺野さんは病人だったと気がつき(遅い!!!)、そのことを言ったら「大丈夫だよ」と言われたんでそのまま歩くことにした。

道を歩いていると、そこかしこに『近藤 勇の里』って書かれた旗が立てられているのが目に付いた。 最初にこの旗を見たときにすぐに写真を撮ろうとしたんだけど。 紺野さんに「こんなところで撮らなくてもはまだこの先、いくらでもあるぞ」と言われて撮るのをやめた。

バス停から歩くこと20分。 時間は12時を過ぎたところでそろそろお腹が空いてきた。 
お昼ご飯は『龍源寺』に向かう途中のお店で食べる予定だった。
まだかなぁ・・・と思ったけど程なくお店に到着。 そこは「パッパパスタ」って言うイタリアン食堂で、美味しいスパゲティをお腹いっぱい(過ぎて苦しいくらい)食べた。(笑)

その上更に、スパゲティを食べてる途中で追加注文したアイスクリームが運ばれてきた。
アイスクリームを注文する時、紺野さんに「入るのか?」と訊かれて「アイスクリームは別腹」と答えてたんだけど・・・運ばれてきたアイスクリームの量を見てゲッ!!! 想像していた量の3倍くらいあったのだ。 でも完食。(爆)  紺野さんに「本当に別腹だな」と呆れられてしまった。(汗)


 

旗 旗 旗

お店を出て歩いていると、最初に見た時よりもいい場所に旗があったんで写真を撮った。
確かにいくらでもあるなぁ・・・ってか、こんなに並べなくても・・・。
なんて思いながら
歩いていると、行く手に川が見えてきた。


「この川は野川と言って、近藤先生が小さい頃に遊んでいた川だよ」
と説明されたんで、「んじゃ撮っとこ」と撮った写真が右の写真。

この川には鯉が何匹か泳いでいたんだけど、そのうちの2匹が死んで浮かんでいた。 それを見て紺野さんが「鯉ヘルペスか?」
その時は
「まさか」と笑っちゃったけど。

後日、新聞に「野川の鯉が鯉ヘルペスにかかって死んでいた」という記事が出ていたと、紺野さんが話してくれた。

 

野川

続いて紺野さんは少し先の標識を指差して、「この通りが『人見街道』」と教えてくれた。
近藤勇は日野宿等、多摩地区への出稽古に行く時、『甲州街道』を通らずに『人見街道』を通って行ったんだそうだ。 何故なら甲州街道にある調布の国領宿には、近藤勇よりも古くから試衛館にいた天然理心流の兄弟子が道場を構えていたから。 

後から現れて道場を継いだ近藤勇は、兄弟子のなわばりを荒さないように遠慮してそうしたのだそうだ。 近藤勇って律儀な人だな。

下の写真は『人見街道』の標識を撮ったんだけど、左の写真だと書いてある文字が解からないね。 別角度から撮った右の写真ならなんとか解かるかな?

『人見街道』の標識

 

別角度から撮った標識